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御書 日蓮大聖人と創価学会

日蓮大聖人の御書は、創価学会によって、仏法を実践する上で、唯一最高の糧であり指南書であるとされています。

南無妙法蓮華経の唱題の意味するものは?

南無妙法蓮華経はお題目と言われ、このお題目を唱える(唱題という)ことで功徳が得られると言われます。

ここでは、お題目を唱えることで功徳が得られる「仕組み」について解説すると共に、そもそも南無妙法蓮華経とは「何か?」、そして、唱題によって得られる功徳の本質について述べて参ります。

妙法蓮華経法華経という経典で、インドに生誕した仏教の始祖・釈尊が説いた教えです。仏教はインドから中国を経て日本に伝えられました。外国の教えです。故に、元来、法華経の文字や発音についても法華経(ほけきょう)ではなかったことになりますが、ここではその点には触れません。

南無(なむ)とは、帰命、あるいは帰依するという意味です。故に。南無妙法蓮華経は、法華経の正式名称である妙法蓮華経に南無が冠された言葉であり、仏教が日本に伝えられる以前から、その名目(名前)は存在しており、日本で日蓮大聖人が普及する以前から存在する言葉でもありました。

南無妙法蓮華経の実体について

民衆の根本的な苦悩の解決のために出家した釈尊がたどり着いた境地は、宇宙根源の法(ほう)を自身の生命の中に発見し、これが万人にも具わっていることを覚知したことです。

この宇宙根源の法をもって、民衆救済を開始した釈尊が晩年に説いた教えが法華経です。法華経の中で初めて、「宇宙根源の法」の存在とこれによって自身が覚りを得た(仏陀になった)ことがあかされます。

しかし、その根源の法の実体や名目については、釈尊滅後、末法(まっぽう)という悪世になってから現世に出現する「地涌の菩薩(じゆのぼさつ)」に全て託されて、明らかにはされませんでした。

釈尊の在世、及び、末法に至るまでの、正法(しょうほう)・像法(ぞうほう)時代の世の中の民衆の機根(きこん:仏法をうけいれる素地・能力・釈尊との縁)は、「宇宙根源の法」によらずとも覚りに至れる機根であったのです。

釈尊の説いた数々の教えは、教えを受け入れる民衆にふさわしいものが説かれ、その内容には浅深がありました。仏法は民衆救済を目的に存在します。故に、その時々(時代)に、教えとその教えにふさわしい民衆が存在するという原理があるのです。

末法に至り、「宇宙根源の法」をもってするほかに、民衆を救済できない時代となりました。ここに出現したのが日蓮大聖人です。大聖人は、釈尊と同様に、宇宙根源の法をご自身の生命の中に覚知され、その名前が「南無妙法蓮華経」であると共に、根源の法の実体そのものであることを明かされました。

妙法蓮華経に単に「南無」が冠されたものではけしてなく、滅後末法の一大事であり、一大発見であったと言える点が重要です。

故に、今、南無妙法蓮華経のお題目を唱えるということは、「宇宙根源の法」に迫り、その音声は瞬時にして全宇宙に轟きわたるという意義が実在のものとして存在するということでもあるのです。

南無妙法蓮華経の功徳について

一般に「功徳」というと、ありがたく善き事を意味しますが、世の中には悪い事と良いことが常に同居しています。この真実を踏まえる時、功徳には「悪を滅して善を生じる」という意義があることを知らなければなりません。

仏法における善とは最極の善である「仏の覚りの境地(仏界)」であり、悪とは、根本的な三つの煩悩(ぼんのう)から発する、貪り(むさぼり)・瞋(いかり)・癡(おろか)の境地といえます。

南無妙法蓮華経を信じて、お題目を唱える時、仏界の境地が生命の中から湧き出でて悪を滅していくのです。

日蓮大聖人の覚知された「宇宙根源の法」は御自身にも万人にも元来具わっている、とはいえ、これは、現実に顕さなければ何の意味もありません。

理不尽なことをされれば、これまで平穏であった心には俄かに「怒り」が生じます。良い傾向の「心」もまた、同様に、縁(えん:きっかけ)があってはじめて現実に顕れてきます。

そして、「仏の覚りの境地(仏界)」もまた「縁」によって顕れるものであり、その縁となるのが、唯一、「南無妙法蓮華経を信じてお題目を唱える」ことである、ということです。

故に、南無妙法蓮華経の功徳の本質とは、「仏の覚りの境地(仏界)」を湧現できること、と言うことができます。

【関連リンク】:南無妙法蓮華経の意味と功徳 の詳細な記述。

南無妙法蓮華経の唱え方(祈り方)について

「仏の覚りの境地(仏界)」から発する言葉に「如我等無異(にょがとうむい)」というものがあります。「我が如く等しくして異なること無からしめん」と読みます。釈尊が長遠な過去に立てた誓願は、仏である自身と等しい境地に衆生を導くことにあるということです。

南無妙法蓮華経のお題目を唱える時、それは、なんらかの課題や悩みの解決に向かって、南無妙法蓮華経の功徳を信じながら、「祈り」唱えていく時です。つまり、「仏の覚りの境地(仏界)」の存在を信じながら唱えていくということです。

悩む自分自身のみならず、他の人をも救っていく境地に同化していこうとの祈りになっているということなのです。

末法に入て(いって) 今日蓮が唱る(となう る)所の題目は 前代に異り 自行化他(じぎょう けた)に亘りて(わた りて)南無妙法蓮華経なり(三大秘法禀承事:御書 1,022ページより引用)」

生命を変革しゆく為の具体的な信仰実践の根本は「信・行・学」に尽くされます。信とは、信仰の対象を信じること、行とは、経典の読誦やお題目などを実践すること、学とは、仏法を学んでいくことです。

そして、日蓮大聖人は、「行」には、「自行(じぎょう)」と「化他(けた)」の両面があって、車の両輪のように、どちらが欠けても修行は完成しないと仰せなのです。

つまり、本当に功徳のある南無妙法蓮華経の唱え方、祈り方とは、自分も他人も共に幸福になっていこうとの決意と実践の伴ったものであるべきだ、ということです。

現実問題として、世の中の不幸を見逃して、自分だけの本当の幸福はありえません。

自他共の幸福のなかにこそ本当の幸福(新人間革命 大山1より引用)

日蓮大聖人は叫ばれた。「我が弟子等・大願ををこせ」(御書一五六一ページ)、「大願とは法華弘通なり」(同七三六ページ)と。そして「一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか」(同二六五ページ)と予見された。一閻浮提とは世界である。

世界広宣流布の実現へ、われら創価の同志は、まっしぐらに突き進む。“私に連なるすべての人を幸せに!”家族、親戚、友人、近隣、地域、職場……。人は、人の絆のなかで育まれ、成長し、学び合い、助け合って真実の人間となる。ゆえに、自分一人だけの幸せはない。自他共の幸福のなかにこそ、本当の幸福もある。

南無妙法蓮華経と初めに唱えたのはいつ?誰?の参考資料

釈尊法華経28品の説法以降から存在するといわれる「南無妙法蓮華経」について、これを「誰がいつ」唱え始めたのかに関する関連資料(リンク先)のご案内です。

歴史上最初に「南無妙法蓮華経」と声に出して唱えたのは誰ですか?また、いつごろでしょうか?

歴史上はじめて南無妙法蓮華経を唱えたのは、天台大師になります。天台大師の撰述である『法華三味懺儀』には、「一心奉請南無妙法蓮華経(中略)一心奉請南無妙法蓮華経」とあります。

歴史上最初に「南無妙法蓮華経」と声に出して唱えたのは誰ですか?

日蓮大聖人と私 月水御書(方便寿量読誦事)

修禅寺相伝私注には、天台の毎日行法の日記の「読誦し奉る、一切経の惣要(そうよう)毎日一万反」の文を引用し、玄師の伝に「一切経の惣要とは妙法蓮華経の五字なり」という口伝を挙げている。

日蓮大聖人と私 月水御書(方便寿量読誦事)第七章 修行の要諦を教える

天台三大部に題目の記載の有無は?

修禅寺決:「天台大師・毎日行法日記に云く、読誦し奉る一切経の総要毎日一万遍」

天台三大部に題目の記載の有無

5月度座談会御書の講義 四条金吾殿御返事(法華経兵法事)

平成29年(2017年)5月度の座談会御書は「四条金吾殿御返事(しじょうきんごどのごへんじ)」で別名が「法華経兵法事(ほけきょうへいほうのこと)」です。

法華経の兵法とは強盛な信心のことです。しかし「臆病にては叶うべからず」と仰せのとおり、強盛な信心とは「勇気」の心であり、勇気こそ勝利の要諦となります。そして、「臆病の心を打ち破る」強盛な信心があってこそ、妙法の功力を現すことができるのです。故に、この信心を貫くならば、「仏法に行き詰まりはない」のであります。

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本書(四条金吾殿御返事)について

本抄は、鎌倉の門下の中心的存在であった四条金吾に送られたお手紙で、弘安2年(1279年)の御述作とされています。本抄の内容から別名を「法華経兵法事」ともいいます。

文永11年(1274年)、日蓮大聖人が流罪地の佐渡から帰還された後、金吾は決意に燃えて主君の江間氏を折伏しました。

江間氏は、大聖人に敵対する極楽寺良観の信奉者であったため、金吾は次第に主君から疎まれるようになり、かねて金吾をねたんでいた同僚たちからの圧迫も激しくなりました。

さらに建治3年(1277年)には、鎌倉での桑ケ谷問答を巡る良観らの画策によって、主君から法華経の信仰を捨てるよう迫られました。

しかし、金吾は大聖人の御指導通り、忍耐強く主君への誠実を貫きました。

やがて主君の信頼を回復し、弘安元年(1278年)には以前の3倍の領地を受け取るなど、勝利の実証を示していきました。

そうした状況の中で金吾は、金吾をねたむ勢力からの襲撃を受けました。本抄は、“敵に襲われたが、難を脱した”との報告に対する御返事です。

四条金吾殿御返事の拝読御文

なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし、「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言むなしかるべからず、兵法剣形の大事も此の妙法より出でたり、ふかく信心をとり給へ、あへて臆病にては叶うべからず候(御書全集1,192ページ15行目~1,193ページ2行目より引用)

祈りを根本に(信心の根本)

私たちは、自身の生活上の課題について、ともすると自分の力や経験で何とかできると考えたり、信心とは別の事柄と捉えて、御本尊への祈りと生活を切り離して考えることがあるかもしれません。

しかし、日蓮大聖人は、生活のあらゆる場面にあって、祈りを根本に置くべきことを教えられています。

今回の拝読御文も、その一つです。この仰せは、武士であった四条金吾に対しての御指導ですから、「兵法」「兵法剣形の大事」等と表現されています。

そもそも「兵法」とは、戦いに際しての兵の配置や動かし方、具体的な戦闘の方法、あるいは剣術などの武術を指す言葉です。

これは広く言えば、“仕事や生活の上での具体的方策”に当たります。

拝読御文では、そうした方策を生み出す根本は、全て妙法に具わっていることを示されて、生活にあっても、さまざまな手段や方策を根本のよりどころとするのではなく、御本尊への祈りを根本として、その上に、あらゆる方策・手段を用いていくよう教えられています。

もちろん、具体的な工夫・努力を軽んじてもよいということではありません。「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」との仰せは、根本の信心を忘れて策や方法ばかりにとらわれることを戒められているのです。

真剣な祈りを根本に、仕事や生活でも、広布の活動においても最大の努力をし、智慧を発揮していくことが、「法華経の兵法」の極意なのです。

「臆病にては叶うべからず」との仰せについて

拝読御文に「臆病にては叶うべからず」とあります。日蓮大聖人は、臆病であっては何事も叶わない、ゆえに信心を奮い起こしていくよう、教えられています。別の門下に宛てたお手紙の中でも、「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(御書1282ページ)と仰せになるなど、大聖人は、信心を奮い起こしての勇気ある実践を繰り返し教えられています。

なぜ臆病ではいけないのか――。大聖人は、譬喩を用いて分かりやすく教えてくださっています。

「御いのりの叶い候はざらんは弓のつよくしてつるよはく・太刀つるぎにて・つかう人の臆病なるやうにて候べし」(同1138ページ)――祈りが叶わないのは、ちょうど弓が強いのに絃(=弓に張る糸)が弱く、太刀や剣があっても使う人が臆病であるようなものである、と。

強い弓であっても絃が弱くては、的を射ることはできません。強い弓や太刀、剣が、法華経そのものを譬えています。

いかに法華経に功力があっても、それを引き出すのは、どこまでも法華経を信ずる私たちの勇敢な信心の姿勢にあるのです。

内薫外護(ないくんげご)とは

日蓮大聖人は本抄で、四条金吾が敵を撃退できた時の具体的な「剣形」(剣術の形)は、諸天善神の一つである「摩利支天」が与えたものであると教えられています。

こうした諸天善神の守護の働きを説明するのが、「内薫外護」の法理です。

あらゆる衆生に内在する仏性が開き現れ、生命に「薫習」して覚りを生じていく力になることを「内薫」といい、この内薫の力が迷いの衆生を護り助ける働きになることを「外護」といいます。薫習とは、香をたくことにより衣服に、その香りが染み移るように、あるものの性が他のものに移ることです。

私たちの実践に即して言えば、御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱えることで、内なる仏性の力が現れ出ることが「内薫」であり、それに応じて、一切衆生の仏性が外から起こす守護の働きが「外護」です。この「外護」が、諸天善神の働きです。

大聖人は、摩利支天の働きをもたらした根本は、大聖人が金吾に授けた妙法蓮華経の五字の力にほかならないと示されています。

諸天善神の守護を確信して、法華経の肝要である南無妙法蓮華経を強盛に信じ持つことが大切なのです。

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仏法に行き詰まりはない|池田先生の指針から

「心」がどうかで、一切は決まるのです。

「心」には、無明に覆われた心と、無明を打ち払って妙法の当体として輝く心とがあります。

無明に覆われた心は、悪から悪へ、不幸から不幸へと流転して止みません。生死の苦悩は、いよいよ深まっていかざるをえない。

それに対して、妙法の当体として輝く心は、悪から善へと変革する力を持ち、善から善へと確かな軌道を上昇する心です。(中略)

心には不可思議な力がある。心一つで、一切が変わっていきます。その心の力を現す修行が、自行化他にわたる唱題です。

大聖人は「心の不思議を以て経論の詮要と為すなり、此の心を悟り知るを名けて如来と云う」(御書564ページ)と仰せになりました。

この心の力を発揮していくことが、人生と生命の勝利の要諦である。これこそが「法華経の兵法」にほかならないのです。

(以上、『希望の経典「御書」に学ぶ』第2巻より)

法華経の兵法」とは、どこまでも御本尊根本に、大確信の祈りで、あふれてくる智慧と勇気で、無明と戦い、宿命を破り、絶対勝利する信心のことです。

いかなる時も、宇宙根源の法である妙法に基づく時、絶対に行き詰まることはありません。一切の敵を必ず打ち破ることのできる絶対無敵の功力があるのです。

「諸余の怨敵は、皆悉摧滅せり」(法華経600ページ)――この薬王品の経文は、法華経を受持し、弘通する福徳が、いかに偉大であるかを示した一節です。

すなわち、妙法を受持し、弘通する功徳によって、成仏を妨げるあらゆる魔軍を打ち破ることができる――これが「法華経の兵法」の力であると。

ゆえに戦いに勝ち、生命を守るための「兵法剣形」の真髄も、実は「法華経の兵法」にあるのです。

私たちが健康になり、生きがいに満ち、地域・社会で信頼の実証を勝ち開いていく――そのあらゆる努力、工夫、挑戦の根本こそが「法華経の兵法」すなわち「強盛なる信心」なのです。(同上より)

四条金吾殿御返事の参考文献など

  • 『希望の経典「御書」に学ぶ』第2巻、「四条金吾殿御返事」(聖教新聞社
  • 『御書と師弟』第1巻、「法華経の兵法」㊤㊦(同)

4月度「四条金吾殿御返事(法華経兵法事)」

本抄は、鎌倉の中心的門下・四条金吾に送られたお手紙で、弘安2年(1279年)の御述作とされています。本抄の内容から、別名を「法華経兵法事」「剣形書」ともいいます。

4月度「四条金吾殿御返事(法華経兵法事)」 | 女子部「御書池田大学運動」 | 仏法を学ぶ | 創価学会青年部サイト SOKA YOUTH web

9月度「四条金吾殿御返事」

9月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では、「四条金吾殿御返事」を研鑽。広布と人生に勝利するための「法華経の兵法」を学ぶ。

9月度「四条金吾殿御返事」 | 男子部「御書活」研鑽 | 仏法を学ぶ | 創価学会青年部サイト SOKA YOUTH web

四条金吾殿御返事(法華経兵法事)

四条金吾殿御返事(法華経兵法事)第一章 金吾の存命を喜びその理由を明かす、以降の記述。

四条金吾殿御返事(法華経兵法事) : 創価教学研究室 (Tommyのブログ)

四条金吾殿御返事・法華経兵法事

さきごろ強敵と争いあったことについてお手紙をいただき、くわしく拝見しました。  それにしても、以前から、あなたは敵人にねらわれていたでしょう。しかし、普段からの用心といい、また勇気といい、また法華経への信心が強盛な故に、無事に存命されたことは、このうえなくめでたいことである。以降の記述。

四条金吾殿御返事・法華経兵法事 | 未来を拓く青年(きみ)よ

日蓮大聖人と私 四条金吾殿御返事(法華経兵法事)

これにつけても、いよいよ強盛(ごうじょう)に大信力をいだし給へ。我が運命つきて、諸天守護なしとうらむる事あるべからず。以降の記述。

日蓮大聖人と私 四条金吾殿御返事(法華経兵法事)

4月度座談会御書の講義 立正安国論

平成29年(2017年)4月度の座談会拝読御書は「立正安国論」です。同じく、4月度の御書講義の拝読御書も立正安国論ですが、拝読範囲は異なります。

座談会御書では、「民衆の幸福と社会の繁栄の実現へ」・「一人一人の胸中に人間主義の哲学を」をテーマに研鑽して参ります。

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本書(立正安国論)について

本書は、日蓮大聖人が文応元年(1260年)7月16日、鎌倉幕府の実質的な最高権力者であった北条時頼に提出された「国主諫暁の書」です。

当時、日本では、飢餓、疫病、地震、気象の異常など、災難が相次いでいました。本書を御執筆された動機は、正嘉元年(1257年)8月に鎌倉一帯を襲った「正嘉の大地震」です。大聖人は、こうした災難の原因を諸経典に照らして洞察され、その根源に国を挙げての謗法、すなわち正法に背いている事実があることを究明されました。

題号の「立正安国」は、「正を立て、国を安んず」と読みます。大聖人は、国土の平和を実現するためには、根源の悪である謗法を断ち切り、人々の心に正法を打ち立てる以外にないと、本書を著され、時の最高権力者に提出されたのです。

本書で大聖人は、災難の元凶として、当時、特に隆盛を誇っていた念仏を強く破折されています。そして、このまま謗法が続けば、三災七難のうち、まだ起こっていない「自界叛逆難」(内乱)と「他国侵逼難」(外国の侵略)の二難が必ず起こると警告され、「実乗の一善」に帰依するよう促されています。

2017年4月度座談会向け編集:立正安国論の講義内容

立正安国論の拝読御文

汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ、然れば則ち三界は皆仏国なり仏国其れ衰んや十方は悉く宝土なり宝土何ぞ壊れんや、国に衰微無く土に破壊無んば身は是れ安全・心は是れ禅定ならん(御書全集:32ページ14行目から16行目より引用)

立正安国

日蓮大聖人は、平和実現のための原理を「立正安国論」の中で示されました。

「立正安国」の「立正」とは、人々が人生のよりどころとして正法を信受することであり、また仏法の生命尊厳の理念が、社会を動かす基本の原理として確立されることです。

「安国」とは、社会の平和・繁栄と人々の生活の安穏を実現することです。

立正安国論」における「国」とは、権力を中心にした統治機構という面とともに、より深く、民衆の生活の基盤として捉えられています。その意味で、人間が形成している社会体制だけでなく、自然環境の国土も含まれます。

大聖人が民衆を中心に国を捉えられていたことは、「立正安国論」の御真筆において、国を意味する漢字を書かれる多くの場合に、国構えに民と書く「?」の字を用いられていることからも、うかがうことができます。

立正安国論」は、直接的には当時の日本の安国の実現のために著された書ですが、その根底となっている精神は、民衆の安穏の実現にあり、したがって未来永遠にわたる全世界の平和と人々の幸せを実現することにあります。

大聖人が、当時の人々の苦悩を解決するため、「立正安国論」を著し、権力者を諫められたこと自体、仏法を行ずる者は、ただ自身の成仏を祈って信仰していればよいのではなく、仏法の理念・精神を根本にして、積極的に社会の課題に関わっていくべきことを身をもって示されたものと拝察できます。

創価学会が、今日、仏法の理念を根本に、平和・文化・教育・人権などの分野で行動しているのも、「立正安国」の法理と精神に基づく実践にほかなりません。

「実乗の一善」

「実乗の一善」とは、一人一人が帰依すべき正法を示しています。

「実乗」とは法華経であり、「一善」とは「唯一の善」「根本の善」という意味です。すなわち、人間に真の幸福をもたらす妙法こそが根本の善の教えであり、「実乗の一善」です。

妙法は、“一切衆生は本来、仏なり”と教える、最高の人間尊重の大法です。仏法は、全ての人に絶対の尊厳性と限りない可能性を見いだす“人間主義の哲学”にほかなりません。

池田先生は述べています。

「いわば、『実乗の一善に帰せよ』とは、『偏頗な生命観、人間観を排して、生命の尊厳に立ち返れ』『エゴを破り、慈悲を生き方の規範にせよ』『真実の人間主義に立脚せよ』との指南といってよい」

「実乗の一善」とは、広げて言えば“仏法に基づく人間主義”ということができます。これこそ、人々の幸福と社会の繁栄を実現しゆく普遍の哲理なのです。

大聖人の弘教の根本目的

日蓮大聖人の生涯にわたる行動は、「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」といわれます。

幕府や既成の宗教勢力からの大聖人に対する迫害が本格化するのは、「立正安国論」の提出が契機でした。法然の念仏を強く破折する「立正安国論」の提出からほどなく、念仏者たちが、鎌倉の大聖人の草庵を襲うという松葉ケ谷の法難が起きました。

さらに、翌・弘長元年(1261年)の伊豆流罪など、命の危険にさらされる迫害を受けても、立正安国を願う大聖人の御覚悟が揺らぐことはありませんでした。

大聖人は「立正安国論」で「自界叛逆難」「他国侵逼難」を予言されています。大聖人は、この二難が決して現実のものとならないように、権力者を諫め続けられましたが、用いられることはなく、文永8年(1271年)には、竜の口の法難、佐渡流罪に遭われます。この流罪のさなかに、「自界叛逆難」が二月騒動(北条時輔の乱)として的中。赦免直後には、「他国侵逼難」が蒙古の襲来によって現実のものとなります。

大聖人が御入滅の直前、弘安5年(1282年)9月に武蔵国池上(東京都大田区池上)で最後に講義されたのも、「立正安国論」でした。このように、大聖人の御生涯は「立正安国論」を中心に展開しました。立正安国の実現こそ、大聖人の弘教の根本目的だったのです。

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池田先生の指針から 生命尊厳の理念が脈打つ世界に

心を変革して、いかなる理念に基づいていくべきなのか。大聖人は、それを「実乗の一善」と仰せです。

「実乗の一善」とは、法華経の根本善ということであり、すべての民衆が、それぞれ自身に具わっている仏性を開いて成仏することができるという法理です。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第22巻)

「立正」とは、まず、一人の人間の心の次元の変革にかかわります。自身に内在する「根本善」に目覚め、胸中に法華経の「人間尊敬」「生命尊厳」の哲理を確立し、生き方の根底の哲学とすることです。この目覚めた人の行動によってこそ、法華経の哲理は、社会を支え、動かす原理として確立されていくのです。

そして、社会に平和の精神基盤を築くことが「立正」の肝要である以上、生命尊厳のため、平和のために、志を同じくする人々や団体と共に立ち上がるのは当然です。決して排他的なものではありません。

何よりも大事なのは「立正」を貫く一人ひとりを育てることです。一人の「立正」の人が立ち上がることで、周囲を善の方向へ、平和の方向へと変革していくことができます。そうした使命を担う師子王の如き人材を輩出することが「立正」の帰結なのです。

また、立正安国の「国」とは、民衆が住む国土のことであり、私たちが目指す安国とは、仏国土を実現して民衆のための安穏の国土を建設することです。(中略)

「安国」の本義は、国家主義の対極にあり、世界に広々と開かれたものです。それと共に、「安国」とは、未来にも開かれています。仏国、すなわち仏の国土とは、「一閻浮提」に及び、永続するものだからです。

「仏国」とは、「生命尊厳」「人間尊敬」という仏法の精神が生き生きと脈打つ社会であり、自他共の幸福の実現という思想が重んじられる世界のことです。(同)

立正安国論拝読の参考文献

  • 『勝利の経典「御書」に学ぶ』第22巻(聖教新聞社
  • 池田大作全集』第25・26巻(同)
  • 『世界広布の翼を広げて 教学研鑽のために――立正安国論』(同)
  • 『現代語訳 立正安国論』(同)
  • 『御書の世界』第1巻、「立正安国」㊤㊦(同)
  • 小説『新・人間革命』第4巻、「立正安国」の章(同)

4月度御書講義の御書 立正安国論

4月度(2017年|平成29年)の「御書講義」の拝読御書は「立正安国論」です。御書講義の拝読範囲は「主人悦んで曰く、鳩化して鷹と為り雀変じて蛤と為る~汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐をいのらん者か」(御書全集31ページ7行目~18行目、編年体御書169ページ5行目~17行目)です。対話の力で安穏な社会の建設を目指して参りましょう。

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立正安国論の背景

立正安国論」は、日蓮大聖人が文応元年(1260年)7月16日、39歳の時、時の実質的な最高権力者・北条時頼に提出された「国主諫暁の書」です。

「諫暁」には、仏法者の立場から相手の誤りを指摘して、正しい道に導く、との意義が込められています。

本書の宛先は、直接は北条時頼ですが、広くいえば社会の指導者全般であると拝することができます。さらに主権在民の現代にあっては、主権者たる「国民一人一人」が「国主」であり、本書の精神を訴えていくべき対象となります。

当時は、大地震・大風・洪水などの自然災害が相次ぎ、深刻な飢饉を招き、加えて疫病の流行などが毎年のように続き、人心は乱れ、民衆は苦悩の底にありました。中でも、正嘉元年(1257年)8月に鎌倉一帯を襲った「正嘉の大地震」が、本書の執筆を決意された直接の動機となりました。

2017年4月度座談会での立正安国論の講義内容

立正安国論の大意

「立正安国」とは、「正を立て、国を安んず」と読みます。具体的には、人々の心に正法を確立し(立正)、社会の繁栄と平和を築く(安国)との意味です。

本書は、相次ぐ災難による災禍を嘆く客の言葉から始まり、それに対して主人が、“災いの原因は、人々が正法に背き悪法を信じていることにある”と述べるところから対話が開始されます。

主人は災厄の元凶として、当時、隆盛を誇っていた念仏を強く破折され、「如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには」(御書24ページ)と、謗法への布施を止めて正法に帰依するならば、平和楽土の実現は間違いないと断じられます。

さらに、このまま謗法の教えに執着していくならば、経典に説かれる七難のうち、まだ起こっていない自界叛逆難(内乱)と他国侵逼難(外国からの侵略)の二難が競い起こってくることを警告し、実乗の一善(妙法)に帰依するよう、促されています。

最後に客は、謗法の教えを捨てて妙法に帰依することを誓います。この誓いの言葉が、そのまま本書全体の結論となっています。

10問9答の「問答形式」 心つかむ納得の語らいを

立正安国論」は客(=北条時頼を想定)と主人(=日蓮大聖人を想定)の10問9答の「問答形式」で展開され、誤った教えに執着する客に対して、主人は理路整然と真実を説き示していきます。

冒頭は「旅客来りて嘆いて曰く……」(御書17ページ)と、天変地異や飢饉、疫病など、相次ぐ災難を嘆く客の言葉から始まります。これに対して、「主人の曰く独り此の事を愁いて胸臆に憤?す客来って共に嘆く?談話を致さん」(同ページ)と、主人も同じ悩みを共有していたことを明かします。

主人は悠然と、時には相手をなだめ、時には毅然たる態度で、「文証」「理証」「現証」の上から、客の誤った考え方を諭していきます。それに対し、「客色を作して曰く」(同20ページ)、「客猶憤りて曰く」(同21ページ)と、客は感情を高ぶらせて主人を批判します。

日本浄土宗の開祖・法然を尊崇する客に対し、主人が「如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには」(同24ページ)と言うと、「客殊に色を作して曰く」(同ページ)と、客の怒りは頂点に達し、席を立とうとします。

その時に、主人は「咲み止めて曰く」(同ページ)――笑みをたたえ、去ろうとする客を止めて、話を続けるのです。

やがて主人の明快な話と、確信あふれる姿勢に心を動かされた客は、徐々に態度を改め、最後は「私が信ずるだけではなく他の人にも語っていく」(同33ページ、趣意)と決意する真の“同志”に変わっていきます。

このように、「立正安国論」が「対話」で展開されていることは、極めて示唆に富むといってよいでしょう。

“対話の力”で安穏な世の中、平和な世界を築いていく――。「立正安国」の戦いを現実の上で進めているのが、創価学会なのです。

二難の予言が的中 戦乱を回避するとの思い

拝読御文で、主人は謗法の対治を誓う客の変化を喜び、直ちに決意を実行に移すよう呼び掛けます。そして、謗法を対治しないならば薬師経・金光明経・大集経・仁王経の四経の文に照らして、七難のうち、まだ起こっていない「自界叛逆難」と「他国侵逼難」の二難が起こると警告しています。

主人は、北条時頼をはじめとする為政者に対し、他国侵逼難や自界叛逆難が起これば、統治の基盤である国家そのものが滅び、臣下の地位・生活の基盤である所領そのものが侵略されることを強調。その時に驚いても、もはや逃れるところもないと諄々と諭されます(御書31ページ、趣意)。しかし幕府は、この大聖人の警告を受け入れませんでした。

その後、「自界叛逆難」は12年後の文永9年(1272年)の二月騒動(北条一門の内部争い)となって、また「他国侵逼難」は蒙古襲来(14年後の文永の役、21年後の弘安の役)となって現れたのです。

「三世を知るを聖人という」(同287ページ)との原理に照らした時、「立正安国論の予言」の的中は、大聖人が「聖人」、すなわち「仏」であることを証明したものであるといえます。また、大聖人御自身が「種種御振舞御書」で、「安国論」の予言の符合は「仏の未来記にもをとらず」(同909ページ)と仰せになり、御本仏の御境涯を示唆されています。

しかし、もとより大聖人は、予言の的中を求めていたわけではありません。

大聖人が自らに迫害が及ぶことを承知の上で「立正安国論」を提出し、国主諫暁された御真意は、民衆を救済するために、「何としても未然に戦乱を回避しなければならない」との強い「慈悲」の発露でした。

「安国論」の中の予言は、法に基づく「智慧」の発露なのです。

「四表の静謐」を祈れ 自分だけの幸福はない!

大聖人は、本書の予言と警告の結論として、「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を?らん者か」(御書31ページ)と仰せです。

すなわち「一身の安堵」――自分個人の生活の安泰、一家の幸福を願うならば、「四表の静謐」――世界の平和と、それに基づく国の安定を祈るべきであると示されています。

この一節は、為政者に対する諫暁であると同時に、学会員である私たちの実践の指標となっています。

日蓮仏法は「自他共の幸福」の実現を目指しています。それは、自分だけの幸せを求めるのではなく、他人の幸せをも祈り、行動していくという意味です。その地道な実践に日々、まい進しているのが、私たち学会員の一人一人です。

池田先生は、つづられています。

「もし、自分だけの幸せのみを願ってよしとする生き方であれば、それは、あまりにも無慈悲であり、仏法上、慳貪の罪となってしまう。また、それでは、道理のうえからも、エゴ的な生き方といわざるを得ません。自分のみならず、周囲の人びとも、共に幸せにならなければ、自身の本当の幸せはない。ゆえに、自行化他にわたる実践のなかにこそ自身の真実の幸せがある。そこに私どもが、広宣流布に、さらには立正安国に生きるゆえんがあるんです」

私たちは「立正安国」の精神を胸に、自身の深き使命を確信しながら、地域に友情の輪を広げる対話に率先していきましょう。

3月度座談会拝読御書 経王殿御返事

平成29年(2017年)3月度の座談会御書は、「経王殿御返事(きょうおうどのごへんじ)」です。「強盛な信心で妙法の功力を引き出す」こと、また、「自身の仏界を現すための御本尊」であることを学んで参りましょう。

経王殿御返事の背景と大意について

本抄は、文永10年(1273年)8月15日、日蓮大聖人が52歳の時、流罪地の佐渡・一谷から送られたお手紙です。宛名は経王御前となっていますが、経王御前はまだ幼かったため、実際には、その親である門下に与えられたものと考えられます。

本抄は、この門下が使いの者を佐渡へ遣わし、幼児である経王御前の病気平癒の祈念をお願いしたことに対する御返事です。

大聖人は本抄を認める直前、この門下に御本尊を与えられています。

経王殿御返事の拝読範囲の御文

但し御信心によるべし、つるぎなんども・すすまざる人のためには用る事なし、法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼうたるべし、日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ、仏の御意は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし(御書全集1,124ページ10行目~13行目)

経王殿御返事の拝読範囲講義

今回、2017(平成29)年3月度座談会御書である「経王殿御返事」で学ぶ要点は「真剣な祈りを根本に」、「日蓮がたましひ」、「病魔に勝つ」の3点です。

座談会での講義の参考:経王殿御返事 |3月度座談会御書の講義

真剣な祈りを根本に

拝読御文に「但し御信心によるべし」とあります。“御本尊に偉大な功力があるといっても、それを現すのは御信心によるのです”との意味です。

私たちの仏法では、祈りを叶え成仏するための四つの要の力、すなわち「四力」(=信力、行力、仏力、法力)が説かれます。

「信力」とは御本尊を信じる力であり、「行力」とは題目を唱え、人のため、社会のために広宣流布へと行動していく力です。

「仏力」とは、仏が衆生を救う誓いを立て、その成就を願うこと、「法力」とは、妙法の広大深遠な利益のことです。

強盛な信力、行力を奮い起こしていく時、偉大な仏力、法力が現れてくるのです。

例えば大聖人は「南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤も大切なり、信心の厚薄によるべきなり」(御書1244ページ)と仰せです。成仏も、妙法を持つ人の信心の厚薄によるとの趣旨です。厚薄とは、厚いことと薄いことを意味します。つまり、強盛な信心によってこそ、成仏はあるのです。

第2代会長の戸田城聖先生は、信心の功徳について分かりやすく、次のように教えられました。
「釣鐘を、楊枝でたたくのと、箸でたたくのと、撞木(釣鐘を鳴らす棒)でつくのとでは、音が違うだろう。同じ釣鐘だが、強く打てば強く響き、弱く打てば弱く響く。御本尊も同じだ。こちらの信力・行力の強弱によって、功徳に違いがあるのだよ」と。
人生にあっても広布の活動にあっても、真剣な祈りと勇気ある行動・実践が、勝利の根本条件となるのです。

日蓮がたましひ

日蓮大聖人は、命に及ぶ竜の口の法難(文永8年〈1271年〉9月12日)を乗り越えて、南無妙法蓮華経と一体の仏の生命を凡夫の身に開かれました。
そして、大聖人は御自身の仏の生命境涯を御本尊として図顕されていかれました。
日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ、仏の御意は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」とは、御本尊についての仰せです。
万人成仏という仏(釈尊)の真意が述べられているのが法華経です。
そして、法華経の根底に指し示された、成仏の根源の法である南無妙法蓮華経を、御自身の身に開き顕されたのが、大聖人です。竜の口の法難で発迹顕本された大聖人の御生命は、南無妙法蓮華経そのものなのです。
御本尊には、大聖人御自身の身に開き顕された妙法・仏界が図顕されています。そして、私たちが御本尊を拝して南無妙法蓮華経の題目を唱える時、自身に具わる妙法・仏界を直ちに見ることになるのです。私たちは御本尊を根本として、自身の胸中に仏界を現すことができるのです。

御本尊は、凡夫である私たち自身の仏界を映し出す明鏡なのです。

病魔に勝つ

日蓮大聖人が本抄を認められた時、経王御前は重い病気にかかっていました。大聖人は本抄の冒頭で「経王御前のことは、昼夜に日月天に祈っております」(御書1124ページ、通解)と述べられています。
さらに大聖人は「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」(同ページ)と仰せになり、妙法根本にどのような病魔も乗り越えることができると励まされています。
師子の声を聞けば、あらゆる獣は逃げ去ります。大聖人の仰せの通り、南無妙法蓮華経は師子吼のようなものです。妙法の偉大な功力の前に、一切の病魔は退散するのです。
ここでの「病」とは、信心の実践の上から、病気だけでなく、あらゆる苦しみや悩みとも拝することができます。そうしたさまざまな苦悩を打ち破ることができるのが、南無妙法蓮華経の師子吼です。
病気になること自体、敗北でもなければ後退でもありません。病気との闘いを、自身の宿命転換や信心を深める好機と捉えていくことが大切です。その強盛な一念が、障魔を打ち破り、崩れざる幸福の軌道を固めていくのです。

「勇気」の二字が信仰の真髄(池田先生の指針から)

薪を加えるほど火が盛んになるように、難に遭うほど、旺盛な大生命力をわきたたせていける。仏の境涯を開いていける。それを大聖人は、身をもって教えてくださった。
偉大なる仏の力がみなぎれば、障魔に負けるわけがない。
その大宇宙のような広大な境涯を涌現していく、ただ一つの条件がある。
それは「信」である。「但し御信心によるべし」「能く能く信ぜさせ給うべし」(御書1124ページ)と仰せの通りである。
どんなに鋭い剣があっても、それを使う人が臆病であれば、何の役にも立たない。大聖人は「法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ」(同ページ)と仰せになられた。

苦難に襲われたその時に、「勇敢な信心」「潔い信心」「勇猛な信心」「強盛な信心」があるかどうかだ。

「心こそ大切」(同1192ページ)である。大聖人は、幾度も「信ぜさせ給へ」等と強調されている。
今、時代は、乱気流の中に突入している。どんなに社会が動揺しても、いな、社会が動揺している時だからこそ、自らの信心だけは微動だにさせてはならない。信心さえ揺るがなければ、いかなる状況も、必ず打開できる。最後は必ず勝利する。
「わざはひも転じて幸となる」(同1124ページ)のが妙法の力であるからだ。
御聖訓に「心して信心を奮い起こし、この御本尊に祈念していきなさい。何事か成就しないことがあろうか」(同ページ、通解)と仰せの通り、どこまでも、祈り切ることだ。祈り抜くことだ。(2008・12・29付、各部代表者会議でのスピーチ)

師匠に何としてもお応えするのだと、私は命がけで戦った。
当時、時間を見つけては御書を拝し、日記に書き留めて心肝に染めていきました。
その一節に、「つるぎなんども・すすまざる人のためには用る事なし、法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼうたるべし」(御書1124ページ)があります。
これは、わが子の病と闘う門下を励まされた御聖訓です。
信心の真髄は「けなげ」すなわち「勇気」です。私も戸田先生の弟子として、渾身の勇気を奮い起こし、病魔と死魔に挑みました。とともに、師匠と学会に襲いかかる一切の障魔を、信心の利剣で叩き切る決心で、祈り、戦いました。(2012・7・26付、「若き君へ 新時代の主役に語る」)

2月度座談会拝読御書 妙一尼御前御消息

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平成29年(2017年)2月度の座談会御書「妙一尼御前御消息(みょういちあまごぜんごしょうそく)」では、「“苦難の冬”を“勝利の春”に」、また、「凡夫が必ず仏に成る仏法」ということを学んで参ります。

妙一尼御前御消息の拝読御文

法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を、経文には「若有聞法者無一不成仏」ととかれて候(御書全集1253ページ16行目~17行目・編年体御書715ページ8行目~9行目より)』

妙一尼御前御消息(本抄)について

本抄は、建治元年(1275年)5月、日蓮大聖人が54歳の時に身延で著され、鎌倉に住む妙一尼に与えられたお手紙です。
大聖人が、竜の口の法難、佐渡流罪という迫害に遭われ、多くの門下が退転する中にあっても、妙一尼は夫と共に法華経の信仰を貫き通しました。
ところが、そのために夫は、所領を没収されるなどの難に遭い、しかも大聖人が佐渡流罪を許される前に亡くなりました。
残された妙一尼は、自身も体が強くないうえに、病気の子らを抱える中、佐渡へ身延へと従者を送り、大聖人にお仕えさせたのです。

【参考】地区部長の座談会御書講義
2月度座談会御書の講義 妙一尼御前御消息

難を乗り越える信心

法華経を持つ”人が難を避けることはできません。「法華経を信ずる人は冬のごとし」との仰せの通りです。拝読御文は「難を乗り越える信心」を教えています。
まず大切なことは、私たちが地道に信仰を持続する中で、いかなる難にも崩されない強盛な信心を確立していくことです。
では、正しい法(正法)を持った人が、なぜ難に遭うのでしょうか。
正法を信じ行じて、成仏の境涯を目指すということは、自身の生命を根底から変革させていくことです。
どんな変革にあってもそうですが、仏道修行においても、その変革を起こさせまいとする働きが、自身の生命自体や、あるいは周囲の人間関係の中に生じます。ちょうど、船が進む時に、抵抗で波が起こるようなものです。
成仏を目指す仏道修行の途上に起こる、このような障害に「三障四魔」があります。
また、法華経には、末法濁悪の世に法華経を弘める「法華経の行者」に対して「三類の強敵」が現れ、迫害することが説かれています。これは、釈尊入滅後の悪世において、一切衆生の成仏を願って、法華経広宣流布しようとする実践のあるところに起こってくる迫害です。
信心の途上で、こうした難を受ける意味について、個々人の宿業という観点から捉えれば、難は「宿命転換」の好機となります。正法を行ずる功徳によって、自身の生命に刻まれた悪業の報いを現世で現し、消していくことができるのです。
創価学会では草創以来、「難を乗り越える信心」に励んできました。現在、「難を乗り越える信心」は、「一家和楽の信心」「幸福をつかむ信心」「健康長寿の信心」「絶対勝利の信心」と共に、創価学会の永遠の五指針の一つとなっています。

万人成仏

拝読御文に、「若有聞法者無一不成仏」との法華経方便品第2の文が引用されています。この経文は、法華経を聞いた人は、一人ももれなく成仏するとの意味です。
法華経には、一切衆生の成仏、万人成仏の教えが示されています。それは、あらゆる生命に「仏界の生命」が具わっているという法理です。言い換えれば、万人に「仏性」(仏の性分)があるということです。
例えば、法華経方便品では、あらゆる仏は衆生に仏の智慧を開かせ、清浄な境涯を得させたいと思うゆえに、この世に出現したと述べられています(法華経121ページ、趣旨)。これは、衆生の生命に本来、仏の智慧が具わることを意味します。
法華経以外の経典では、例えば二乗(声聞界・縁覚界の衆生)は絶対に成仏できないと強調されたり、あるいは女性や悪人は仏になれないと説かれるなど、“誰もが皆、成仏できる”とは述べられていません。
法華経の万人成仏の法理は、その後、中国の天台大師によって、「十界互具」「一念三千」の法理として展開されました。
そして、末法において日蓮大聖人が不惜身命で大難と戦う中、御自身の胸中に仏界を現し、妙法と一体の御自身の生命を御本尊に顕されました。この御本尊を信じて、南無妙法蓮華経と唱題する時、自身の仏界が呼び起こされます。末法のあらゆる人々が仏に成る道を、大聖人が開いてくださったのです。

妙一尼への励まし

本抄は、夫に先立たれて心細くなることもあったであろう妙一尼への励ましの心にあふれています。
本抄で日蓮大聖人は例えば、“法華経のために所領を没収されたあなたのご主人は、不惜身命の実践をした雪山童子や薬王菩薩と同じ功徳があるのです。月の中か、太陽の中か、天の鏡に妻子の姿を浮かべて、一日中、見守っておられることでしょう”(御書1253ページ、趣旨)と述べられています。
大聖人は妙一尼に対し、何も心配する必要はなく、必ず霊山にいる故人が守ってくれることを伝え、安堵させようとされているのです。
さらに、大聖人は、“もし私が、力のある身となりましたなら、幼いご子息たちのことは見守っていきましょう”(同1254ページ、趣旨)とまで心を配っておられます。
妙一尼の不安を払拭しようとされる大聖人の心情がにじみ出た仰せです。
佐渡や身延へと従者を遣わし、師・大聖人への真心を尽くした妙一尼。
信心を根本に何としても苦境を乗り越えてほしいと願われた大聖人の深い慈愛を、本抄から拝することができます。

真っすぐに幸福の軌道を(池田先生の指針から)

「妙一尼御前御消息」は、徹底した励ましの一書です。本抄を送られた時点で、妙一尼自身が、健気に信仰を貫き通していることは間違いありません。佐渡流罪、蒙古襲来という、教団も社会も激動の変化を続ける中、妙一尼が一点のぶれもなく大聖人とともに純真に信心に励んできたことは、御消息の文面からも推察されます。
しかし、その置かれている環境は、まさしく冬のような逆境でした。大聖人は妙一尼に「絶対に幸せになってほしい」「必ず成仏してほしい」との思いから、妙一尼の心に潜む悲哀や不安を一掃させようと、本抄で入魂の激励を重ねられていると拝察されます。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第2巻)

法華経を信ずる人は冬のごとし」――それは、一切の宿命と戦い、乗り越え、「成仏への厳然たる軌道」を歩んでいきなさいとの厳父の慈言と拝することができます。
その成仏への軌道を「冬は必ず春となる」と示されているのです。
冬は春となる。秋に逆戻りすることはない――。これは誰も動かすことのできない自然の法則です。同じように、成仏の大法である妙法を受持しきった人が仏になれず、まして、凡夫の迷いのままで終わるはずがない。妙法を聞いて信受した人は「無一不成仏」――一人ももれなく成仏する。これが法華経に説かれた仏のお約束です。生命の大法則です。
仏の眼から見れば、誰人にも幸福になる権利がある。誰もが、歓喜踊躍の人生を送ることができる。いわんや胸中の妙法を涌現する方途を知っているのが、日蓮仏法を持った私たちです。ゆえに私たちには、幸福になる権利があるだけでなく、真の幸福を万人に開いていく大いなる使命もあるのです。
「冬は必ず春となる」とは、「信心の試練を勝ち越えた凡夫は必ず仏となる」ということです。本来、誰もが胸中に仏の生命をもっています。それを開き現していく人生の軌道に入った大聖人門下が成仏できないわけがない、との師子吼が轟いてきます。(同)

参考文献
『希望の経典「御書」に学ぶ』第2巻(聖教新聞社

檀越某御返事

檀越某御返事の全文となります(日蓮大聖人御書全集1294ページ15行目から1295ページ10行目)。

「御文うけ給わり候い了んぬ」から「今度心み候わばや」のところでは、値難への不退の決意を述べられています。

続いて、「事事さてをき候いぬ」から最後のところでは、宮仕えは法華経の修行なりとご教示されています。

檀越某御返事|弘安元年四月|五十七歳御作(本文)

御文うけ給わり候い了んぬ、日蓮流罪して先先にわざわいども重て候に又なにと申す事か候べきとは・をもへども人のそんぜんとし候には不可思議の事の候へば・さが候はんずらむ、もしその義候わば用いて候はんには百千万億倍のさいわいなり、今度ぞ三度になり候、法華経も・よも日蓮をば・ゆるき行者とはをぼせじ、釈迦・多宝・十方の諸仏・地涌千界の御利生・今度みはて候はん、あわれ・あわれ・さる事の候へかし、雪山童子の跡ををひ不軽菩薩の身になり候はん、いたづらに・やくびやうにや・をかされ候はんずらむ、をいじににや死に候はんずらむあらあさましあさまし、願くは法華経のゆへに国主にあだまれて今度・生死をはなれ候わばや、天照太神・正八幡・日月・帝釈・梵天等の仏前の御ちかい今度心み候わばや、

事事さてをき候いぬ、各各の御身の事は此れより申しはからうべし、さで・をはするこそ法華経を十二時に行ぜさせ給うにては候らめ、あなかしこあなかしこ、御みやづかいを法華経とをぼしめせ、「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」とは此れなり、かへす・がへす御文の心こそ・をもいやられ候へ、恐恐謹言。

四月十一日 日蓮 花押

檀越某御返事の通解

お便りの件、承りました。日蓮を流罪してその報いで先先これまで種々の災難が重なっているのに、また何かと言われているようなことがあるとは思えないが、しかし、人の運が尽きて滅びるような時には、考えられないようなことをするもので、そのようなことがないとはかぎるまい。しかし、もしそれがあれば、日蓮の主張を用いてもらうよりも百千万億倍も幸いである。今度で三度の流罪になる。法華経もよもや日蓮を怠慢な行者とは思わないであろう。釈迦・多宝・十方の諸仏・地涌千界の諸菩薩の御加護があるはずであるからそれを今度こそ見極めたいものである。ぜひとも、言われているようなことが起こることを願っている。そして雪山童子の跡を継ぎ不軽菩薩のような身になりたいものである。このまま生き長らえてもいたづらに疫病にかかって倒れるか、または年老いて死んでしまうからである。嘆かわしいことである、嘆かわしいことである。願わくば法華経のために国主に憎まれて、今度・生死を離れたいものである。天照太神・正八幡大菩薩・日月天・帝釈・梵天大王の等の仏前の誓約を今度こそ試しみたいものである。

以上述べたことはさておいて、各々の御身のことはこれより諸天に守護をお願い申し上げる。だからそのまま出仕されておられることこそ、法華経を十二時に修行されていることになるのである。あなかしこ、あなかしこ。宮仕えを法華経の修行とおもいなさい。経に「一切世間の治生の産業は皆、実相と相違背しない」と説かれているのはこのことである。くれぐれもお便りのご配慮のこと、承知しております。恐恐謹言。

四月十一日 日蓮 花押