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御書 日蓮大聖人と創価学会

日蓮大聖人の御書は、創価学会によって、仏法を実践する上で、唯一最高の糧であり指南書であるとされています。

檀越某御返事

檀越某御返事

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檀越某御返事の全文となります(日蓮大聖人御書全集1294ページ15行目から1295ページ10行目)。

「御文うけ給わり候い了んぬ」から「今度心み候わばや」のところでは、値難への不退の決意を述べられています。

続いて、「事事さてをき候いぬ」から最後のところでは、宮仕えは法華経の修行なりとご教示されています。

檀越某御返事|弘安元年四月|五十七歳御作(本文)

御文うけ給わり候い了んぬ、日蓮流罪して先先にわざわいども重て候に又なにと申す事か候べきとは・をもへども人のそんぜんとし候には不可思議の事の候へば・さが候はんずらむ、もしその義候わば用いて候はんには百千万億倍のさいわいなり、今度ぞ三度になり候、法華経も・よも日蓮をば・ゆるき行者とはをぼせじ、釈迦・多宝・十方の諸仏・地涌千界の御利生・今度みはて候はん、あわれ・あわれ・さる事の候へかし、雪山童子の跡ををひ不軽菩薩の身になり候はん、いたづらに・やくびやうにや・をかされ候はんずらむ、をいじににや死に候はんずらむあらあさましあさまし、願くは法華経のゆへに国主にあだまれて今度・生死をはなれ候わばや、天照太神・正八幡・日月・帝釈・梵天等の仏前の御ちかい今度心み候わばや、

事事さてをき候いぬ、各各の御身の事は此れより申しはからうべし、さで・をはするこそ法華経を十二時に行ぜさせ給うにては候らめ、あなかしこあなかしこ、御みやづかいを法華経とをぼしめせ、「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」とは此れなり、かへす・がへす御文の心こそ・をもいやられ候へ、恐恐謹言。

四月十一日 日蓮 花押

檀越某御返事の通解

お便りの件、承りました。日蓮を流罪してその報いで先先これまで種々の災難が重なっているのに、また何かと言われているようなことがあるとは思えないが、しかし、人の運が尽きて滅びるような時には、考えられないようなことをするもので、そのようなことがないとはかぎるまい。しかし、もしそれがあれば、日蓮の主張を用いてもらうよりも百千万億倍も幸いである。今度で三度の流罪になる。法華経もよもや日蓮を怠慢な行者とは思わないであろう。釈迦・多宝・十方の諸仏・地涌千界の諸菩薩の御加護があるはずであるからそれを今度こそ見極めたいものである。ぜひとも、言われているようなことが起こることを願っている。そして雪山童子の跡を継ぎ不軽菩薩のような身になりたいものである。このまま生き長らえてもいたづらに疫病にかかって倒れるか、または年老いて死んでしまうからである。嘆かわしいことである、嘆かわしいことである。願わくば法華経のために国主に憎まれて、今度・生死を離れたいものである。天照太神・正八幡大菩薩・日月天・帝釈・梵天大王の等の仏前の誓約を今度こそ試しみたいものである。

以上述べたことはさておいて、各々の御身のことはこれより諸天に守護をお願い申し上げる。だからそのまま出仕されておられることこそ、法華経を十二時に修行されていることになるのである。あなかしこ、あなかしこ。宮仕えを法華経の修行とおもいなさい。経に「一切世間の治生の産業は皆、実相と相違背しない」と説かれているのはこのことである。くれぐれもお便りのご配慮のこと、承知しております。恐恐謹言。

四月十一日 日蓮 花押

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