御書 日蓮大聖人と創価学会

日蓮大聖人の御書は、創価学会によって、仏法を実践する上で、唯一最高の糧であり指南書であるとされています。

2月度座談会拝読御書 妙一尼御前御消息

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平成29年(2017年)2月度の座談会御書「妙一尼御前御消息(みょういちあまごぜんごしょうそく)」では、「“苦難の冬”を“勝利の春”に」、また、「凡夫が必ず仏に成る仏法」ということを学んで参ります。

妙一尼御前御消息の拝読御文

法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を、経文には「若有聞法者無一不成仏」ととかれて候(御書全集1253ページ16行目~17行目・編年体御書715ページ8行目~9行目より)』

妙一尼御前御消息(本抄)について

本抄は、建治元年(1275年)5月、日蓮大聖人が54歳の時に身延で著され、鎌倉に住む妙一尼に与えられたお手紙です。
大聖人が、竜の口の法難、佐渡流罪という迫害に遭われ、多くの門下が退転する中にあっても、妙一尼は夫と共に法華経の信仰を貫き通しました。
ところが、そのために夫は、所領を没収されるなどの難に遭い、しかも大聖人が佐渡流罪を許される前に亡くなりました。
残された妙一尼は、自身も体が強くないうえに、病気の子らを抱える中、佐渡へ身延へと従者を送り、大聖人にお仕えさせたのです。

【参考】地区部長の座談会御書講義
2月度座談会御書の講義 妙一尼御前御消息

難を乗り越える信心

法華経を持つ”人が難を避けることはできません。「法華経を信ずる人は冬のごとし」との仰せの通りです。拝読御文は「難を乗り越える信心」を教えています。
まず大切なことは、私たちが地道に信仰を持続する中で、いかなる難にも崩されない強盛な信心を確立していくことです。
では、正しい法(正法)を持った人が、なぜ難に遭うのでしょうか。
正法を信じ行じて、成仏の境涯を目指すということは、自身の生命を根底から変革させていくことです。
どんな変革にあってもそうですが、仏道修行においても、その変革を起こさせまいとする働きが、自身の生命自体や、あるいは周囲の人間関係の中に生じます。ちょうど、船が進む時に、抵抗で波が起こるようなものです。
成仏を目指す仏道修行の途上に起こる、このような障害に「三障四魔」があります。
また、法華経には、末法濁悪の世に法華経を弘める「法華経の行者」に対して「三類の強敵」が現れ、迫害することが説かれています。これは、釈尊入滅後の悪世において、一切衆生の成仏を願って、法華経広宣流布しようとする実践のあるところに起こってくる迫害です。
信心の途上で、こうした難を受ける意味について、個々人の宿業という観点から捉えれば、難は「宿命転換」の好機となります。正法を行ずる功徳によって、自身の生命に刻まれた悪業の報いを現世で現し、消していくことができるのです。
創価学会では草創以来、「難を乗り越える信心」に励んできました。現在、「難を乗り越える信心」は、「一家和楽の信心」「幸福をつかむ信心」「健康長寿の信心」「絶対勝利の信心」と共に、創価学会の永遠の五指針の一つとなっています。

万人成仏

拝読御文に、「若有聞法者無一不成仏」との法華経方便品第2の文が引用されています。この経文は、法華経を聞いた人は、一人ももれなく成仏するとの意味です。
法華経には、一切衆生の成仏、万人成仏の教えが示されています。それは、あらゆる生命に「仏界の生命」が具わっているという法理です。言い換えれば、万人に「仏性」(仏の性分)があるということです。
例えば、法華経方便品では、あらゆる仏は衆生に仏の智慧を開かせ、清浄な境涯を得させたいと思うゆえに、この世に出現したと述べられています(法華経121ページ、趣旨)。これは、衆生の生命に本来、仏の智慧が具わることを意味します。
法華経以外の経典では、例えば二乗(声聞界・縁覚界の衆生)は絶対に成仏できないと強調されたり、あるいは女性や悪人は仏になれないと説かれるなど、“誰もが皆、成仏できる”とは述べられていません。
法華経の万人成仏の法理は、その後、中国の天台大師によって、「十界互具」「一念三千」の法理として展開されました。
そして、末法において日蓮大聖人が不惜身命で大難と戦う中、御自身の胸中に仏界を現し、妙法と一体の御自身の生命を御本尊に顕されました。この御本尊を信じて、南無妙法蓮華経と唱題する時、自身の仏界が呼び起こされます。末法のあらゆる人々が仏に成る道を、大聖人が開いてくださったのです。

妙一尼への励まし

本抄は、夫に先立たれて心細くなることもあったであろう妙一尼への励ましの心にあふれています。
本抄で日蓮大聖人は例えば、“法華経のために所領を没収されたあなたのご主人は、不惜身命の実践をした雪山童子や薬王菩薩と同じ功徳があるのです。月の中か、太陽の中か、天の鏡に妻子の姿を浮かべて、一日中、見守っておられることでしょう”(御書1253ページ、趣旨)と述べられています。
大聖人は妙一尼に対し、何も心配する必要はなく、必ず霊山にいる故人が守ってくれることを伝え、安堵させようとされているのです。
さらに、大聖人は、“もし私が、力のある身となりましたなら、幼いご子息たちのことは見守っていきましょう”(同1254ページ、趣旨)とまで心を配っておられます。
妙一尼の不安を払拭しようとされる大聖人の心情がにじみ出た仰せです。
佐渡や身延へと従者を遣わし、師・大聖人への真心を尽くした妙一尼。
信心を根本に何としても苦境を乗り越えてほしいと願われた大聖人の深い慈愛を、本抄から拝することができます。

真っすぐに幸福の軌道を(池田先生の指針から)

「妙一尼御前御消息」は、徹底した励ましの一書です。本抄を送られた時点で、妙一尼自身が、健気に信仰を貫き通していることは間違いありません。佐渡流罪、蒙古襲来という、教団も社会も激動の変化を続ける中、妙一尼が一点のぶれもなく大聖人とともに純真に信心に励んできたことは、御消息の文面からも推察されます。
しかし、その置かれている環境は、まさしく冬のような逆境でした。大聖人は妙一尼に「絶対に幸せになってほしい」「必ず成仏してほしい」との思いから、妙一尼の心に潜む悲哀や不安を一掃させようと、本抄で入魂の激励を重ねられていると拝察されます。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第2巻)

法華経を信ずる人は冬のごとし」――それは、一切の宿命と戦い、乗り越え、「成仏への厳然たる軌道」を歩んでいきなさいとの厳父の慈言と拝することができます。
その成仏への軌道を「冬は必ず春となる」と示されているのです。
冬は春となる。秋に逆戻りすることはない――。これは誰も動かすことのできない自然の法則です。同じように、成仏の大法である妙法を受持しきった人が仏になれず、まして、凡夫の迷いのままで終わるはずがない。妙法を聞いて信受した人は「無一不成仏」――一人ももれなく成仏する。これが法華経に説かれた仏のお約束です。生命の大法則です。
仏の眼から見れば、誰人にも幸福になる権利がある。誰もが、歓喜踊躍の人生を送ることができる。いわんや胸中の妙法を涌現する方途を知っているのが、日蓮仏法を持った私たちです。ゆえに私たちには、幸福になる権利があるだけでなく、真の幸福を万人に開いていく大いなる使命もあるのです。
「冬は必ず春となる」とは、「信心の試練を勝ち越えた凡夫は必ず仏となる」ということです。本来、誰もが胸中に仏の生命をもっています。それを開き現していく人生の軌道に入った大聖人門下が成仏できないわけがない、との師子吼が轟いてきます。(同)

参考文献
『希望の経典「御書」に学ぶ』第2巻(聖教新聞社